本棚に本があふれてる

読書の記録と本にまつわるあれこれ

土から離れては生きられないのよ~『英国貴族、領地を野生に戻す』

 

 

『英国貴族』というタイトルに惹かれて軽い気持ちで手に取ったのですが

とても読みごたえがありました。

  地球規模での環境破壊が問題となっている今、読んで良かったと思います。

 

準男爵の一家がイギリス南東部のサセックス州に代々受け継いだ領地が舞台ですが、

さすが英国貴族、クネップという名のこの領地がすごいです。

もともとは12世紀(平安時代!)に領主が築いたお城で、

ジョン王も鹿狩りに訪れたという由緒ある場所。

総面積1,416ヘクタール。なんと東京都目黒区に匹敵する広さです。

一家はここで農園を経営していましたが、もともと農業に不向きな土地だった上、

農業の近代化とグローバル化の影響で経営難に陥ります。

そこで家畜や農機具などを全て手放し、耕作を下請けに出し、政府の資金援助を受けて

「領地の一部を自然の状態にもどすプロジェクト」に着手したのでした。

 

このプロジェクトは「カントリーサイド・スチュワードシップ」と言って

野生生物の保全、景観の維持向上、歴史的環境と自然資源の保護を目指すものです。

イギリスは産業革命以降の近代化、および第二次大戦中に食料自給率を高めるため

積極的に農地を増やしたことなどで自然の生態系が失われ、動植物の絶滅も深刻化して

いるとのこと。日本と同じですね。先進国の抱える問題なのでしょう。

 

再野生化で自然が復活していく様子は感動的です。

耕作を止めた土地には様々な草木が生え、虫が増え、小動物が増え、

放牧されたシカや牛や野ブタが自由に草を食み地面を掘り起こし排泄物を落とす。

それがさらに生態系の回復を促して、

ナイチンゲールやコキジバトのような希少な動植物もやってきます。

イリスコムラサキという珍しい蝶も数万羽も飛び交うようになり、

枯れかけていたオーク(ナラ)の木がよみがえっていきます。

自然の力って本当にすごい!と圧倒されます。

 

「野生=自然のまま=ほったらかし」でしょ、再野生化なんて簡単じゃないの?

と思いがちですが、決してそうではないということを初めて知りました。

 たとえばシカや牛などの大きな動物を放すときは、生態系のバランスを崩さないように

とても慎重に検証を重ねます。

この土地に昔からいた動物は?

もし絶滅してしまっていたら一番近い種類はどれか?

この広さに生息できる数は?繁殖して数が増えたら?

死んだ場合の死骸の処理は?などなど…。

「ほったらかし」とは対極の非常に論理的・科学的な姿勢には感心させられました。

 

 

筆者は何度も「自然とは何か?」と問いかけます。

今わたし達の身近にある「自然」は、人間が手を加えてしまった状態であって、

今生きている人は誰も、本当の野生の状態を知らない、というのです。

だからこそわかる限りで昔のことを調べ、慎重に取り組む必要があるのですね。

けれども「正解が誰にもわからない」ので、

今ある状態が「あるべき自然」と感じている人々からは、「農地がもったいない」

「雑草が景観を損ねる」「害虫・害獣が増える」といった批判を受けます。

 

こうした批判の数々に筆者は一つ一つ耳を傾け、科学的な根拠を示していくのですが、

驚きの事実が次々明かされて目からウロコがぼろぼろと。

 中でも、自然保護より農業生産を優先すべきという批判に対して示す

 「実は地球上では、既に世界の総人口を養うのに十分な食料が生産されている」

という事実には衝撃を受けました。

(ではなぜ食料危機が問題になるかというと、先進国の人が過剰に買い占めたり、

食べずに廃棄してしまったり、インフラが未発達な国々では保存や輸送の段階で

腐ってしまうなどの理由で、本当に必要とする人々の口に入らないからなのです。)

 

また、「土」の持つ力にも驚かされました。

豊かな土は多くの動植物を育むことができる、この程度ならわかりますが、

カーボン・ファーマーズ・オブ・アメリカという会社が主張するように

「世界中の耕作地の土壌中に含まれる有機物がわずか1.6パーセント増加すれば、

気候変動の問題は解決する」となると、

有機物を1.6パーセント増やすのにどのくらいの労力と時間がかかるのかはともかく、

驚きを通り越して奇跡のように思えませんか。 

 

 土は、私たちの目の前で生まれるあらゆるものの、目に見えない基盤であ

り、資源を生まれ変わらせ、すべてをつなぐものであるー土は生命の鍵

そのものなのだ。

 

筆者のこの言葉、

映画『天空の城ラピュタ』のシータの名台詞

「土から離れては生きられないのよ」を思い出したのはわたしだけでしょうか。

 

 

映画と同じように、クネップにも明るい未来が待っているように思えたのでした。

 

 

けれど…。現実は甘くはなくて。

20年にわたるクネップのプロジェクトは多くの研究者から高い評価を受け、

観光客も大勢訪れるようになります。プロジェクトは成功したと言えるでしょう。

それでもクネップだけでは、まだ「小さすぎて」

絶滅の危機に瀕している動植物を救うことはできないというのです。

それでも希望を捨てず、一人一人が少しづつでも行動すれば未来は必ず変えられる

という信念を持って、新たな目標に向け歩み続ける筆者の姿に静かな感動を覚えます。

最後のページは涙で文字がぼやけてしまいました。

 

自分には何ができるのか。

食べ物やエネルギーを無駄にしない、ゴミを出さない、環境に配慮した商品を選ぶ、

自然保護団体に寄付をする…?

すぐ思い付くのはほんの些細なことでなんだか歯がゆいのですが、

少しづつでも続けて行きたいと思います。