本棚に本があふれてる

読書の記録と本にまつわるあれこれ

時空を超えて惹かれ合う魂~『トムは真夜中の庭で』

外に出るのが気持ちのよい季節になりましたが、

圧倒的に家にいる時間が長い今日この頃です。

わたしは基本的にインドア派なのであまり苦になりませんが、

子ども達はやっぱり外に出て、思いっきり友達と遊びたいだろうと思います。

 

ということで今回の本は、

病気のせいで出かけられなくて友達と遊べなくてつまらない。

現代のコロナ禍と同じような状況に置かれてしまった男の子の不思議なお話。

1958年にカーネギー賞を受賞した、イギリス児童文学の古典です。

  

 

トムは真夜中の庭で (岩波少年文庫 (041))

トムは真夜中の庭で (岩波少年文庫 (041))

 

 

 

 

 主人公のトムは、弟のピーターがはしかにかかってしまったので、

隔離のため、古いお屋敷を改造したアパートに住む叔母さんの家に預けられます。

ところがある晩、広間の大時計が13時を打って…。

 

 

イギリスの児童文学でよく舞台となる「古いお屋敷」。

これだけで、きっと面白い話だと思ってわくわくしませんか?

今思いついただけでも、『秘密の花園』『時の旅人』『ナルニア国物語

『グリーン・ノウの子どもたち』『床下の小人たち』など、名作揃い。

何年も年を経たお屋敷にはやはり何か秘密があるのでしょうね。

 

 

子どものいない叔母さん夫婦の家で、トムは退屈で仕方がありません。

遊び相手はいないし、叔母さん夫婦は良い人だけれど、子どもの気持ちには疎い様子。

せっかくの夏休みなのに、「ちょっと我慢」とか「ほんの数週間」と言われても、

育ち盛りのやんちゃな男の子にとっては永遠にも等しい時間です。

テレビゲームもインターネットもない時代、どう時間をつぶしたらいいのやら。

そんなときに大時計が13時を打つ音が聞こえたら?

これは確かめないわけにはいかないでしょう。

 

忍び足で階段を降り、裏口のドアを思い切って開けると。

そこには昼間の侘しい裏庭とは全く違う広い美しい庭園があり、

屋敷には昼間とは違う人々が暮らしていました。

トムは屋敷の住民の一人、ハティと知り合って…。

 

  ドアを開けたら別世界、というところまで読み進めると、

あ、これはいわゆるタイムトラベル物?それともトムが夢を見ているのかな?

と読者は思うのですが、当事者のトムだってもちろんあれこれ考えます。

このあたりの思考の流れや行動がいかにも男の子らしくほほえましいです。

これは夢なのかもしれないけど、こんな綺麗な場所、探検してみなきゃ帰れない、

あとでピーターに全部話してやろう、とか

みんな幽霊なのかもしれないけど、

危なくはなさそうだし楽しいからまあいいか、とか。

夜ベッドを抜け出す時に、締め出されないようにドアにスリッパを挟んでいく、とか。

(スリッパがそのままなら誰にも見つかっていないという証拠になるというわけ)。

ハティの服になんとなく違和感を感じる理由がわからず、百科事典で調べてみる、

とか(女の子なら、古めかしいファッションだと真っ先に気づきそうなものです)。

 

 ハティが昔の時代の人だとわかっても、トムはその後も夜な夜なベッドを抜け出し、

庭を訪ねてハティとの友情を育んでいきます。

一人でさみしいのはトムだけでなく、

ハティもまた、両親を亡くして預けられた親戚の家でのけ者にされ、

孤独な日々を過ごしていたのでした。

 

筆者の育った家がモデルだという庭園はとても細かく描写されていて、

美しさが目に浮かぶようです。こんな庭ならトムでなくても行きたくなります。

木の中におままごとの家を作るとか、

真冬の凍りついた川をスケートで滑っていく、といった遊びは

きっと作者の体験なのでしょうけれど、すごく素敵で憧れます。

 

  それでもまだなぜトムがハティに会いにいけるのかは謎のまま。

また、行くのはいつも真夜中なのに、行くたびに庭では時間も季節も、時代も

違っていて、ある時は幼いハティなのに、またある時は大人の女性だったり。

 それに、どんなに長い時間庭で遊んでいたと思っても、アパートに戻ってみると

まだ夜のままなのです。

 

この話はトムの夢なのか、それとも大時計に何か魔法とか仕掛けがあるのか、

だんだん怖くなったきたところで(だってトムの姿はハティ(と園丁のアベル)にしか

見えないままだし、ハティはどんどん成長していってしまうし)、

ついにハティにもトムの姿が見えなくなってしまう日が。

 

「去る者は日日に疎し」英語だと”Out of sight, out of mind”

と言いますが、まさにこの逆 ”Out of mind、out of sight” で、

大人になったハティは恋人とのデートの方が楽しくなってしまい、トムへの

気持ちが離れてしまったので、文字通り姿が見えなくなってしまうのです。

この場面、ほんとに怖かったです。トムはどうなっちゃうの!?と。

ただ、逆にここまで読んで初めて、

園丁のアベルにトムの姿が見えるわけがわかったように思いました。

あのお屋敷の人たちのなかで、アベルは唯一ハティのことを気にかけていた人物だった

ということなのではないかしら。

 

ハティには恋人ができ、もう見捨てられた小さな女の子ではなくなりました。

トムの夏休みも終わりに近づき、もうすぐ家族の元に帰れそうです。

それでもトムはまだ、あの庭園と、ハティと過ごす時間を諦めきれません。

庭園に魅入られるあまり、ほんとうの自分の居るべき場所がどこなのか

わからなくなってしまったのでは、という危うさを感じずにいられなくなってきます。

「もう潮時でしょ、いい加減にハティに会うのはやめようよ」と

トムに言いたくなります。

 

危うい予感は的中。 トムはとうとう、 

「庭園にあるものをみんな見て、なにもかもやってみたあとでなければ、かえらない

んだ」(『トムは真夜中の庭で』 岩波少年文庫 271ページ) 

と決心して、裏口のドアを開けるのですが…。

 

きゃー、何が起こったの!?と

読者もトムと一緒にパニックに陥りますが、

最後に「ああ、そうだったのか!」とすべてが明かされます。

 

 

  最初に裏口のドアを開けたときから最後までずっと、

わたしも一緒にドキドキしながら、トムの後ろについてドアの向こう側の世界を

旅してきたように感じられました。

先の展開の読めないミステリアスな怖さ、最後の種明かしと伏線回収の巧みさに

引き込まれたお話でした。