本棚に本があふれてる

読書の記録と本にまつわるあれこれ

『琥珀の眼の兎』~小さな根付の長い旅路

 

 

4月16日の日経新聞の「根付が伝える激動の歴史」という記事でこの本を知りました。

アメリカニューヨークのユダヤ博物館で、ウクライナ出身のユダヤの富豪エフルッシ家

が所蔵していた日本の根付コレクション展が開かれていること、そして現在の所有者で

ある一族の末裔エドマンド・ドゥ・ヴァ―ル氏が『琥珀の眼の兎』という本を執筆した

ことが紹介されていました。

偶然にも、その少し前に、NHKの「美の壺」という番組の「手のひらのアート 根付」

の回(を録画しておいたもの)を見て、今まで知らなかった根付の世界に魅了されてい

たのです。

またまた「呼ばれ」た!これは読まなくては!と本を探して読みました。

 

敬愛する大叔父イギーの根付のコレクションを相続した作者は、根付がどうやって一族

の元にやってきたのかをたどる旅に出ます。

日本からパリ、ウィーン、ロンドン、日本、そしてまたロンドンへ。

小さな根付は思いもかけない激動の歴史をくぐり抜けてきていました…。

 

そもそも根付というのは、

ポケットのない着物で小物を帯からぶら下げる際の留め具で江戸時代にはおしゃれ

アイテムとして大流行(NHKホームページ「美の壷 手のひらのアート根付」より)

したものなのだそうです。

そういえば昔祖父母が財布にストラップのようなものを付けていた、あれが根付だった

のかな…と思ったものの、「美の壷」を見るまでは、本来はどのように使うものなのか

すら知らずにいました。そして留め具という実用品でありながら、素材や意匠に工夫

を凝らした、まさに小さな工芸品のような根付が数多く作られていたこと、19世紀後半

ヨーロッパで起きた「ジャポニズム」により、浮世絵などと共に大量に海外に流出して

しまったことも。

 

それらの根付を蒐集したのが、大富豪シャルル・エフルッシでした。本書で語られる

エフルッシ家の莫大な富やきらびやかな交友関係はまさに「華麗なる一族」です。

マネ、モネ、ルノワールなどの画家、プルーストなどの作家、王侯貴族、歴史で習った

著名人や美術品がこれでもかとばかりに出てきて圧倒されます。

けれどその後ナチスの台頭により、ユダヤ系であるエフルッシ家は多くの財産や家族を

失い、264個の根付のコレクションの行方も分からなくなってしまうのでした…。

 

戦後、迫害を生き延びた一族の元に、思いがけない形で根付が戻ってきます。

この経緯がとてもドラマチックで感動したのですが、意外とあっさりとした描写で終わ

っています。根付のたどった歴史は一家の間では代々繰り返し語り継がれてきたのだと

は思いますが、それでもその恩人については何も記録が残っておらず、今となってはフ

ルネームも、その後の人生もわからない…というのはちょっと淋しい気がします。

名もなく忘れられてしまった人にこそ歴史のドラマがあるものなのですね。

 

文中で、作者がお気に入りの根付を無造作にポケットに入れ、散歩をしながら指先で探

り考えに耽る…という描写が何度か出てきます。貴重なコレクションなのに…と一瞬思

ったのですが、根付の本来の用途を考えればそれが正しい扱いのようにも思えるし、作

者にとって根付は骨董品としての価値以上に、大好きだった大叔父のイギーをはじめと

する一族の歴史とその想い出の象徴なのだろうと感じました。