本棚に本があふれてる

読書の記録と本にまつわるあれこれ

『アーサー王ここに眠る』

「あれは名作だった」と言える本を一つ選ぶとしたら?

あの本もいいしこの本も好き。どの本も気に入れば自分の中では「名作」だし、…と悩

みました。

でもせっかくなので、比較的最近読んだ中で「おおっ、これは名作では!」

と思った本を挙げるとしたら

アーサー王ここに眠る』でしょうか。

2年くらい前にアーサー王伝説関連の本を読みまくっていたことがあり、その中の一冊

だったのですが、「こんな面白い本を知らずにいたなんて!」と感動しました。

 

 

2008年度のカーネギー賞を受賞しています。

本のタイトル(原題は”HERE LIES ARTHUR”)は、アーサー王の墓碑銘とされる

「ここにアーサー王眠る。かつての王にして、来たるべき王」という言葉からとられて

いるそうです。

 

この本のどこに感動したかというと、

アーサー王という良く知られた題材を今までとは全く違った視点から描いていて、

え?この人が〇〇?このエピがあのエピってこと?という驚きの連続なのに、読み終わ

ればちゃんと「アーサー王の物語」を読んだ、むしろこのほうが本当なのでは?と思わ

せること。

 

アーサー王といえば、国が危機に陥った時には人々を救うため再びよみがえると言われ

ているイギリスの伝説的な王。

宝剣エクスカリバー

湖の乙女

魔法使いマーリン

ランスロットと王妃グィネヴィアの恋

円卓の騎士

聖杯伝説

などなど、有名エピソードがてんこ盛りですが、

本当に実在したかどうかについては諸説あり(5,6世紀のブリテンにモデルらしき人が

いたらしいです)、聖杯伝説は12世紀ごろになってから付け加えられた話なのだそう

です。

日本で5,6世紀ごろの人というと聖徳太子がいますが、この人にもいろいろな逸話や

伝説がありますね。また12世紀ころの日本のヒーローといえば源義経。この人にも「生

き延びて大陸に渡りモンゴル帝国の祖となった」なんていうすごい伝説があります。

今私たちが知っている歴史というのは「勝者の歴史」であって、勝った側の観点から描

かれているとか、為政者の都合のいいように編集されているという話はよく聞きます。

何百年も昔のできごとは、タイムマシンでもなければ真実を知ることは不可能です。

ですので「強く、賢く、高潔な指導者に戦争のない平和な世を築いてほしい、苦しみ

から救ってほしい」という庶民の願いや、「我々の先祖はこんなに素晴らしい人物

だったのだ」といった為政者の思惑、さらに複数の人の業績や昔からの言い伝えが一

緒になってさまざまな偉人の伝説ができ、「アーサー王伝説」もその一つという

ことのようです。

 

さて、本作は「いかにしてアーサー王がうまれたか」を描いた物語。

最近よくある「エピソード0」的なものを予想し、どんなきらびやかなストーリーが展

開されるのかと思いきや…。

作者の手にかかると、アーサーは勇敢だけれど勢力争いにしか興味のない粗暴な部族の

長、魔術師マーリン(にあたる役どころの人物)は魔法の力どころか医術もろくすっぽ

知らない、口のうまい吟遊詩人にすぎません。ましてやアーサーに剣を授ける湖の乙女

の正体は…。

吟遊詩人ミルディンは、「アーサーこそが王になる」と言い続け、それを周りに信じさ

せるために様々な策略を講じ、盛りに盛った武勇伝を皆に語ります。非常にインチキく

さいのに、なぜか周りはそれを信じ、感動の涙を流し、アーサーを支持するようになっ

ていく…。

巧みに情報を操るものが政治を動かしていくところは今の社会にも通じるリアリティを

感じますし、その一方でストーリーとしてはあくまでよく知られたアーサー王の物語を

なぞっているし、けれどその中にジェンダーだとか現代的な要素も盛り込まれている

し、胸キュンな要素もあるし、アーサーの死という悲劇の中にも一抹の希望をのこして

物語が終わるところも素敵だし、とにかくもう何もかも素晴らしくて。

自分ではうまく表現できないので訳者のあとがきをお借りします。

事実と想像力の分かちがたくからみあう錬金術の中で、物語という奇跡が産み落とされるのだな、と思います。事実と想像力は相反するものではなく、両者があわさって、ゆるぎない真実を生み出してゆくのだと。(P.370)

そして主人公の言葉も。

物語は残っていきます。ほかの何が残らなくても。物語は闇を照らす光になって、闇が続く限り燃えつづけ、闇をつらぬきとおして朝をもたらすでしょう。(p.342)

 

きっといつまでも残る名作になると思います。

 

今週のお題「名作」)