本棚に本があふれてる

読書の記録と本にまつわるあれこれ

大人になって忘れるもの、忘れないもの~『とぶ船』

わたしの大好きなタイムファンタジーをもう一つ。

 

『とぶ船』

ヒルダ・ルイス作 石井桃子訳 岩波書店

 

とぶ船〈上〉 (岩波少年文庫)

とぶ船〈上〉 (岩波少年文庫)

 

 

 

とぶ船〈下〉 (岩波少年文庫)

とぶ船〈下〉 (岩波少年文庫)

 

 

1939年(日本語初訳は1953年)の出版ですが古さを感じない名作だと思います。

4人きょうだいの不思議な冒険の旅、というと『ナルニア国物語』が有名ですが、

こちらも本当に面白く、『ナルニア』に負けないくらい大好きなお話です。

 

 4人きょうだいの長男ピーターは、ある日初めて一人で歯医者に行き、

その帰り道に寄ったふしぎなお店で

金のイノシシの飾りのついた小さな船を見つけます。

ひとめぼれしてしまったピーターは、店主に言われるままに

「今持っているお金ぜんぶと、それからもうすこし」を払って

船を手に入れましたが、実はこの船には秘密があって…。

 

 

この4人のきょうだいがとてもいい子たちなんです。

リーダーとしてきょうだいをまとめるしっかり者のピーター、

知的で冷静なシーラ、

歴史や地理に詳しいハンフリー、

食いしん坊で人懐っこいサンディー。個性もそれぞれ生き生きと描かれます。

 

自分が手にいれた船がただのおもちゃではなくて魔法の船だと気づいたピーターは、

持ち主に返さなくてはならないと思ってきょうだいと一緒に店を探しに戻ります。

店が見つからなくて一瞬嬉しくなってしまった自分を恥じ、

「見つけたくないと思ってるから、見つからないんだ。

一生けんめい、やらないからなんだ」というピーター。

そしてその気持ちを汲んで、暗くなるまで一緒に探すきょうだいたち、

そして最後に「あなたはその船をもってていいんだと思うわ」というシーラ。

なんて正直で、仲が良くて、優しくて、賢いんでしょう!

 

 

さて、船を持っていていいということになって、まずどこに行くのかというと

「入院しているお母さんのところ」。

子どもたちは船に乗って、夜中にこっそり病院を訪ねます。

となりのトトロ』の終盤、サツキとメイがネコバスに乗って病院を訪ねるシーンは

この場面のオマージュかもしれませんね。

子ども達の訪問を証明するものとして、トウモロコシバラの花が残されるあたりも

そっくりです。

 

夕ご飯の時間、いつもならにっこり笑って「何を食べたい?」と聞いてくれるお母さん

がいない…。

お母さんに会いたい。会って元気にしてるよ、大丈夫だよ、と伝えたい、

という子どもたちのさみしさと母を思う優しさが胸にしみます。

また、子どもを置いて急に入院しなくてはならないお母さんの辛さとか、

子ども相手にどこまで病状を説明したらよいのやらと悩むお父さんの気持ちとか、

同じく小さな子を置いて入院した経験のある者には今読むと色々身につまされます。

 

夕ご飯がね、また素敵なんですよ。こんなごはん(日本の感覚から言うととても

おやつっぽいのですが)食べたいなぁとすごく憧れました。

 

 

 

 

子どもたちはこの後、船の秘密を知ることになります。

普段はポケットサイズで気軽に持ち運べ、

いざとなればほんの少しの隙間もくぐり抜けられるくらいに小さくなるかと思えば、

一人のりサイズから大軍隊を丸ごと載せられるくらいにまで大きさは自由自在。

持ち主の要望に応えて現在と過去のあらゆる場所にピンポイントで移動

(しかも自動操縦)、

イノシシの頭をなでればその時代と場所に合わせて服装が変わり、言葉も通じる、

ドラえもんひみつ道具も真っ青な優れもの。

こんなすごい船、いったいどこの船だと思いますか…? ぜひ読んで確かめて下さい。

 そして、ピーターがいまの正当な持ち主であることも示されます。

「この子が自分からそれを手放す日がくるまで、この船はこの子のものだ」

「おまえが、この船を正当な持ち主にかえすとき、

おまえの心からの望みをかなえてやろう」

帰り際に告げられる、この言葉があとあと意味を持ってきます。

 

 

子どもたちは色々な場所を訪れますが、どのエピソードも

歴史上の事実とフィクションがが巧みに織り交ぜられて、

どんどん読み進めたくなる面白さです。

  

エジプトにピラミッドを見に行った時に出会う二コールズ博士は、

ツタンカーメンの呪い」で有名な考古学者のハワード・カーターを連想させます。

さらにはそこで「石棺に刻まれた謎の船」の話を聞いて今度は古代のエジプトに行き、

王国の危機を救う、というまさかのSF的な展開に…。

 

 11世紀のイギリスではマチルダというお姫様に出会います。

危ういところを脱した子どもたちは後日マチルダを自分たちの世界に招待します。

そのマチルダが手掛ける刺繍は、ノルマン朝を開いたウィリアム1世の妃マチルダ女王

の「バイユーのタペストリー」を連想させて…。

 

もう一度イギリスに行った時はなんとロビンフッドと一緒に大活躍!

ここでの冒険は本当にハラハラドキドキします。自分の過ちを命がけで償おうとする

ハンフリーがとても男らしいし、後日談もほのぼのとした余韻があります。

 

 手に汗にぎる冒険の数々ですが、

子どもたち自身には魔法の力などはなく、ピンチの時も

基本的にきょうだい4人で知恵を絞って危機を切り抜けたり、

彼ら自身の性格の良さだとか勇気によって協力者を得るところが

とてもリアルで親近感を持ちます。

 

個人的にはマチルダ姫のエピソードが大好きです。

昔読んだときには、特に最初の出会いの場面はツンツンしてお高くとまった子だなぁと

良い印象を持たなかったのですが、改めて読むと印象が変わりました。

勇敢で正義感にあふれ、自分のできることを精一杯頑張る凛々しいお姫様です。

チルダは、子どもたちの生きる世界は素晴らしいと認めつつも、

「わたしは、わたしの時代の中で、わたしらしく生きていかなければなりません」と、

毅然として自分の世界に戻っていきます。ハンフリーが惹かれるのもわかります…。

二人の別れのシーンはキュンキュンしますよ。

 

作者は、時代や立場の違いを超えた出会いを経験する子どもたちの姿を通して、

人に必要なものはいつの時代もそんなには変わらない、

大切なのは自分を信じて困難に立ち向かう勇気だったり、困った人に手を差し伸べる

優しさだったり、互いを思いやり理解しようとする気持ちなのだということを伝えよう

としたのではないかと思います。

 

 

これらのエピソード以外にも、古今東西いろいろな場所に行ったことになっていますが

残念ながらすべての詳細は語られません。

もともとは作者が息子さんに話して聞かせた物語を本にしたということなので、

歴史や地理の勉強の意味合いもあったのでしょうか。

読者としてはすべてのエピソードを知りたいところなのですが、

もしかしたら本にならなかっただけで、息子さんにはもっともっとピーターたちの

冒険を語っていたのかもしれませんね。

 

 

子どもたちの冒険は5年間続き…

ピーター以外の子どもたちは、魔法を信じなくなってしまいます。

お話の上手なピーターが、まるで本当の事のように聞かせてくれた物語だと思ってしま

うのです。

(ここも『ナルニア国物語』と一緒ですね。大人になったスーザンは、ナルニアの存在

を信じなくなってしまいました。)

 

  

魔法は、信じなければ、きえてしまうのです。

 

ピーターだけは魔法を信じていたのですが、いつかは自分も信じられなくなるかも

しれない、その前に約束を守って船を返さなければならないと決心します。

自分はいつまでも信じていられる、と思わないところがすでに大人な発想で、

これが成長するということなのか…と本当に切ないです。

 

 

再び出会った老人の正体は!?

始めて読んだ時に「えー!!」とびっくりしたのですが、

読むたびに新たな感動を覚えます。

 

そして、 船を返したピーターが暗い海にお金を投げるシーン。

少年時代との決別を描いた場面としてとても印象に残っています。

 

物語の終わり方が、船での冒険が後の子どもたちの生き方に影響していると思わせて

とてもあたたかく大好きです。

魔法は忘れて船を手放してしまったけれど、自分が好きなこと、大切に思うことは

手放さずに生きてきた結果、それぞれ満ち足りた生活を送っている。

約束通り、心からの望みはかなえられたといえるのではないでしょうか。

だから、やはり、魔法は、たしかにあったのでしょうね。